寒稽古 今昔物語

本格的な冬。

さまざまな部活動で寒稽古に入る。

学友会報32号(昭和12年3月3日発行)に寒稽古の写真と関連する文が掲載されている。

ご紹介したい。

 

 

 

 

 

 

 

 

当時、旧制中学一年生だった坂西登氏(旧制中学第39回卒)は

寒稽古に向かう早朝を描写している。

 

『寒稽古の朝』  一年  坂西 登

「牛に似まいぜ」と云った兄の言葉に違はず我等は新年早々週番になった。縁起がいい、今年こそ働けるだけ働いてみようと、先づ年頭に於ける決心をした。そして第一に働いたのが寒稽古だ。

毎朝4時半になると目覚時計がチンチンチンなる。元来寝坊な我も緊張して居る為かすぐ飛び起きられる。全部支度して、マスクや外套に身を包んで出発するまでに二十分かかる。朝飯はいそがしいので学校で食べる。寒中の朝は案外寒くない。然しまだ夜のとばりは去らず、あたりは真暗だ。ただ我の輝らす懐中電気が前を明くしてゐる。上を仰げば紺青の空に燦と輝く無数の星、まだ本当に真夜中の感じがする。道が暗いので仕方がなしに真中の悪い所を通る。がらんうどの様なこの大きな大気の中を其の音が手に取る様に聞える。

何処の働き者だか大きな荷物を着けて行く。我が稽古に通ひ始めてから毎日会ふ。かうして或いは坂を東に上り、下りして一輪一輪川越へ近づく。寺山へ出ると急に夜が明ける様な気がする。電気が1ッ或いは二ッづつピカピカ光って居ると、突然畑の中の小さなお寺からだいもくが鳴り出した。これは正確なもので我は何時でも之を時計の代りにしてゐる。それから石原を通って高澤へ来るとポツポツ人を見受ける。これまでも一つの稽古だ。それから道具を附けて本当の稽古が始まる。全くあの起きた時から稽古の終るまで緊張した清い體、神々しさが加はって次々に起る悪事が消去されるよう。荘厳な神秘な感じはどうして稽古に出ぬ者に味へられようか。